癒しのひととき〜A time of healing

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zoom RSS 健康〜病気 舘野泉氏から

<<   作成日時 : 2013/01/24 08:51   >>

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小さいころからラジオを聴く習慣が無い自分。
仕事,電車,テレビ・・・1日使ってしょぼしょぼした眼の代わりに耳を使おう。

横になって久しぶりに聞いてみた。

雑音ばかり。。
音がしっかり聞こえるところを探して流してみた。
それが地味だけど放送大学。

結構,面白い。人間学のテーマだった。

「より良い」という言葉が頻繁に使われていた。

己の健康を維持すること。
健康である限り,より良い生活ができる。

社会的役割を果たしながら,
より良い生活をしようと心がける。

社会的役割ができなくなったとき、
それは病気のときだ。

病気になったら,病気を治すことが第一の仕事になる・・・・・

治ったらまた復帰して社会的役割を果たす。

現代を生きる人々が、より健康でより活力に満ちた、
より良い状態(ウェルビーイング)をつくりだすにはどうすればよいのか。
という内容だった。

左手のピアニスト
舘野泉
http://www.jump.co.jp/bs-i/chojin/archive/038.html

http://www.nhk.or.jp/gendai/kiroku/detail_3201.html

「絶望に瀕していたときヴァイオリニストとなっていた息子が、留学先から見舞いに訪れた。そして帰りしなある楽譜を黙ってピアノの上に置いていった。戦争で右腕を亡くした友人のピアニストのために、イギリスの作曲家が書いた左手のための曲だった。左手を鍵盤の上に置いて、ピアノを響かせた・・・。

舘野はピアノの前を離れなくなった。ピアニストとしての目の輝きを取り戻し、左手のための楽曲に取組んでゆく。そこには、長いキャリアの中でも気づかなかった、豊かな『左手の音楽の世界』が広がっていた。」

この方に限らず,盲目のピアニストもいる。
彼らに学ぶことは多い。

不自由な身体になることを想定しながら働く人はまずいない。
定年まで,引退まで何とか働ける身体であると信じている。

しかし,いつ何時何が起きるか分からない。

もし,車椅子の生活を余儀なくされたら。
右手が使えなくなったら。
眼が見えなくなったら・・・・

そうなったらどうするか。。

耳の聞こえない薬剤師はどこかにいらっしゃったと思うが,
左手の薬剤師がいるのだろか。
どうやって錠剤のシートを切ったり取り出すのだろう。
天秤で量った粉をどうやって混ぜたり分包器まで持っていくのだろう。(厚紙かステンレス皿にする)
薬袋に詰めるのも大変そうだ。(説明したら患者さんに詰めてもらかも)
パソコンを打ちこむのも大変だ。(片手打ち名人を目指す)

服薬指導専門ならやっていけるかもしれない。

眼が見えなくなった薬剤師。
さすがにこうなったら残念ながら仕事を変えるしかなさそうだ。

病気になる運命ならば仕方ないが,
そうならないように,己の健康についてもっと考えなくてはいけない。

いや,福沢諭吉曰く
最悪の状態を想定して生きていくならば,

日頃から左手でも生活できるよう日頃から訓練をしたり,
薬剤師を辞める状況になったとしても生活できる仕事についても
考えなくてはいけないのだろうか。。

片手でもできる仕事・・・
何があるだろか。。
いやあるのか?

あまり考えると眠れなくなりそうだ。。









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